呉智英著『吉本隆明という「共同幻想」』(ちくま文庫)を読む
7月23日(日)
著者はマンガ評論家であり、思想家である。近代になって出現した大衆や大衆社会に対して批判的な思想の持ち主である。そんな著者が、自身も若い頃に読んでいた吉本隆明についての本を書いた。それは自分と同世代の知識人たちが吉本隆明を戦後最大の思想家と揃って評しているのに、自分にはとてもそうは思えないからだという。だから、多くの人が吉本隆明の偉さを説く中で、この本は、いやそれほどでもないよと説く本になっている。吉本隆明が偉く見えるのは、そういう「共同幻想」の中にいる信者だからだというのが著者の主張である。
全体としては、重要とされる評論と理論的な著作について一々こきおろす内容になっているのだが、これは吉本隆明の本を学生時代に読んだことがある者なら誰でも感じたような内容なので、吉本の読者にとっては一種のあるあるになっている。たとえば文章の難解さについて、読者なら誰もがその何言っているのかわからない難解な文章に苦しんだ経験を持ち、自分なりに言い換えようとしたことがあるはずなのだが、著者はそれを実際にやってみせて、わかりやすく言い換えると大したことは言っていないと説く。実際、言い換えられた文章には嘘のように魅力がない。はて、俺はただ難解な文章をありがたがっていただけなのかと思えてしまう。
ただ、そうやって「ほら、大したことないだろう」という説明が重ねられていくたびに、わたしには反対に吉本隆明のすごさが伝わってくる感覚があった。たぶんそれは吉本が思想的な格闘を長く続け、それが亡くなる直前まで続いていたという事実のすごみが、その批判的な言葉を通しても伝わるからだろう。客観的に見ると、吉本の評論は間違いだらけの代物で、理論的な著作も掘立小屋のようなものなのかもしれない。だが、それを継続してきた思想家は日本でも数えるほどしかいなかった。そういう意味では、やはり吉本隆明は、戦後最大は言い過ぎだとしても、偉大な思想家の一人だったのだとわたしは思う。そんなわたしも著者に言わせれば吉本信者なのかもしれないが。
(7月11日読了)
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