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カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』(早川書房)

2月9日(火)

翻訳は土屋政雄。カズオ・イシグロの本は英語で読みたくて、この作品も『Never Let Me Go』の方も買っていて、いずれ読もうと思っていたのだが、TBSのドラマで「わたしを離さないで」が始まることを知って、ドラマに間に合うように翻訳版の方を先に読むことにした。翻訳者の土屋政雄は著者のブッカー賞受賞作の『日の名残り』(原題:The Remains of the Day)の方も訳していて、この作品の翻訳も読みやすかった。

著者は1954年に長崎に生まれたが、1960年から父親の仕事の関係でイギリスで暮らすことになる。そして1982年に『遠い山なみの光』(原題:A Pale View of Hills)でデビューする。この作品は日本からイギリスに移り住んだ女性が主人公で、舞台は80年代前半のロンドンの郊外の屋敷であるが、女性の記憶の中の50年代の長崎のできごとも描かれる。

わたしはこのデビュー作を英語で読んだ。長崎のことが英語で描かれていることが何だか不思議だった。終わり近くになって、語り手に対する信頼を揺るがすような記述がさりげなく挿入されて、信頼できない語り手による物語という小説手法を初めて知った。著者は小説の仕組みや物語の構造についてかなり自覚的な作家である。

『わたしを離さないで』は2005年に発表され、翻訳は2006年に出た。著者は作品ごとに作風を変えることでも有名な作家であり、この作品も今までのどの作品とも似ていない。わたしはいきなり冒頭でとまどってしまった。

―わたしの名前はキャシー・H。いま31歳で、介護人をもう十一年やっています。ずいぶん長く、と思われるでしょう。確かに。―

最初の扉には1990年代末、イギリスと書いてあったのに、まるでSF作品のような出だしである。なぜ名前をHと略してあるのか。介護人とはどんな仕事なのか。それを11年続けることは長いことなのかと次々と疑問がわいてくる。その疑問を抱えながら読み進むとそこには、現実にはありえないことなのにそれを現実のこととして受け入れている人々の世界が開けてくる。

読後には何だか不気味な感じが残った。こんなありえない世界からなぜ人々は逃げ出そうとしないのだろうというもどかしさが残った。だが、人類はすでにホロコーストと原爆という、起こるまではありえなかったはずの現実を経験しているのである。

(1月30日読了)


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