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朝井リョウ著『武道館』(文藝春秋)を読む

11月23日(月)

著者は1989年生まれで2009年に『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、それが映画化されて話題になった。2013年、『何者』で直木賞を受賞、23歳での受賞は戦後最年少だった。そんな著者が女性アイドルグループを描いたのがこの作品である。

アイドルはどの分野にも存在するが、芸能ビジネスの分野のアイドルにはあるビジネスモデルがあって、そのビジネスモデルに基づいて活動をしている個人やグループをアイドルと呼ぶ。そのビジネスの顧客はいわゆる「オタク」と呼ばれ、彼らのニーズに合ったアイドル像に応じることでアイドル活動が成立する。著者が描くのはそういうアイドルグループである。

生身の10代の女の子たちの現実とオタクが求めるアイドル像には乖離がある。著者はその乖離を念入りに描いていく。ただ歌って踊ることが好きなだけだった女の子がアイドルになり、アイドルであり続けることの受難のエピソードが積み重ねられていく。

この作品のタイトルでもある武道館とはアイドルの多くがめざす大きな目標であり、この物語のアイドルグループもめざしている舞台である。だが、生身の女の子にとって武道館とは何なのだろうか。著者はヒロインにこう語らせている。

―「でも、武道館は」愛子は目を閉じる。(中略)「人は、人の幸せを見たいんだって、そう思わせてくれる場所だよ」(中略)「あそこは、そんな、すてきな場所だと思う」―(p.167)

アイドルに向けられる視線は好意的なものばかりではない。それでもめざす先には誰もが自分たちを応援してくれる場所が待っている。それがヒロインの希望ともなっている。

著者自身もアイドル好きとして知られている。それだけに描かれるアイドルグループは実に魅力的である。実際にこんなアイドルグループがいてほしいと思うくらいである。それだけにその内側の描写には読む者にも痛みと後ろめたさを伴うものとなっている。

この作品を原作として、来年、フジTVの土曜ドラマの枠で『武道館』の放映が決まっている。演じるのは本物のアイドルグループで実際に武道館をめざしている。そのアイドルたちがそのまま架空のアイドルグループとしても活動を始めた。その架空のアイドルグループをプロデュースしているのはつんく♂である。

現実のアイドルとこの作品で描かれるアイドルがどこまで重なり、どこまで重ならないのか。現実と虚構が入り混じったカオスの世界がこれからわたしのようなアイドルオタクたちの眼前で展開されることになる。

(11月18日読了)

文藝春秋
発売日 : 2015-04-24

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森崎和江、中島岳志(対談)『日本断層論』(NHK出版新書)を読む

11月7日(土)

著者略歴によると、中島岳志は1975年生まれの北海道大学大学院准教授で専攻は近代政治思想史、南アジア地域研究、森崎和江は1927年に現韓国の大邱市に生まれ、今は福岡県宗像市に在住の作家・詩人である。その二人の対談の機会が、2010年8月1日からの三日間、福岡県宗像市の国民宿舎で泊り込みで持たれた。この本はその対談の記録である。

近年、森崎と仕事上のパートナーであった谷川雁が再評価されている。同時に森崎の仕事にも新しい光が当たるようになった。ポストコロニアル批評、サバルタン・スタディーズ、ウーマン・リブなどによって見出された問題群と森崎が先駆的に格闘してきたことが明らかになる。なぜ彼女はそんな独自の道を切り拓いていくことができたのだろうか。

この対談は直接には藤原書店から刊行された『森崎和江コレクション―精神史の旅』を踏まえて実現したように思える。編集協力に藤原書店が入っているからである。 対談にはNHK出版の大場亘と毎日新聞東京本社の鈴木英生も同席しており、対談をまとめたのは鈴木である。また対談内の太字の注釈は、中島と大場、鈴木の3人で分担して書いている。この本は『森崎和江コレクション』の入り口として読むこともできる。

性、植民地、炭鉱。一枚岩のように見える日本に入った亀裂としての幾筋もの断層。そこから覗かれる闇を森崎は避けずに見つめ続けてきた。私は彼女の仕事を『からゆきさん』という海外で娼婦をしていた日本人女性たちからの聞き書きの記録しか知らなかった。この対談を通じて彼女の仕事の全体をなぞってきたことで、もっと具体的に彼女の仕事を知りたくなったのは確かである。

(11月6日読了)

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