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2014.07.31

過去の読んだ本の感想(シリーズ)7

7月31日(木)

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1989年

Sun.15/10/'89

I read books.「ドナウの旅人」(宮本輝)、「母なるもの」(遠藤周作)、「口笛を吹く時」(遠藤周作)etc...I shall read the books of Endo Shusaku. He is a Christian. He is an author. I didn't take an interest in his novels in Japan. But now I feel an interest in them.

25/10/'89
I am reading 「木霊」(北杜夫)now.

26/10/'89
I have read 「木霊」KODAMA(echo?)

29/10/'89
22:00
I was impressed with the novel:"KODAMA". I also want to write such a novel. He loved the author of Thomas Man. But I don't love any writer. Thereby I cannot write such a novel.

1990年

24/1/'90
「アンナ・カレーニナ」トルストイ(新潮文庫)を読了。これで2回目か。あいかわらず、アンナの魅力がわからない。リョービンに以前ほど好感が持てなくなった。「リョービンは正しい」と昔、書いたことがある。今は、何が正しいのか、という気持ちである。

「生きがいへの旅」森本哲郎(角川文庫)読。特に言うことはない。

12/2/'90 Mon.
19:30
立花隆「脳死」を先週、2日で読みとばした。ギリギリのところで死とは何かが問われている。恐いくらいである。人は死ぬ。あたりまえだ。でも…。

15/3/'90(THU)

昨日、色川武大の「狂人日記」を読んだせいか、自分がおかしくなりそうな不安定な気分が続いている。妙な夢もたくさん見たようだ。イライラしている。

彼の小説と吉本ばななの「TUGUMI」とどっちが面白いか。私にとっては、やはり「狂人日記」の方である。この本は私をゆさぶる。吉本の方は、退屈する。

Sun.8/4/90

「carcase for hounds」を読んでいる。自由のために闘ったといわれるマウマウ団の闘士と、現実に僕が見るケニア人とのへだたりが大きすぎる。

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2014.07.18

上橋菜穂子著『闇の守り人』(新潮文庫)を読む

7月18日(金)

この本は2007年に『精霊の守り人』(新潮文庫)と共に購入した。『精霊の守り人』の方はすぐに読んで短い感想を残した。当時はブログに感想を残す習慣がなく、ワープロの日記に書いていた。

―NHKのBS2で今春から同名のアニメが始まったので原作を読んでみた。ひと言で言うと冒険ファンタジーなのだが著者が文化人類学者であるためか世界がリアルなものとして迫ってくる。近代以前に確かにヒトはこのように世界を解釈してきたのだしその世界を生きてきたのだ。原作はシリーズ化されて10巻にわたる。しばらくは皇子(のち皇太子)チャグムと用心棒バルサの住む世界を楽しめそうである。(2007年5月18日)―

『闇の守り人』は『精霊の守り人』の続編で、時系列としてもすぐ後の話になっている。だが、主人公の女用心棒バルサの祖国への帰郷を描いているため、同時に、バルサの過去の物語と重なるものともなっている。故国でバルサは誰と出会うのか。闇の守り人とは何なのか。著者の文化人類学者としての詳しい舞台設定もあって、すんなりとその世界に入り込むのは難しいが、一旦、入ってしまえばその豊かさを堪能できる。

その世界は、『精霊の守り人』では韓国、『闇の守り人』では北朝鮮の民俗を描いているような感じがした。そこまで具体的でなくても、東アジアの民俗が描かれている感覚は誰でも抱くのではないだろうか。著者はその世界をベースに想像の翼を広げ、架空の民俗世界を作り上げた。そのため、その世界に確かな手触りが感じられ、まったく違う世界なのに、懐かしい感じもして、自分の中にある懐かしさを核とした想像力が刺激されるのだろう。児童文学に分類されてはいるが、大人が読んでも、いや大人だからこそより楽しめる物語である。

(7月12日読了)

2014.07.09

渡邊英徳著『データを紡いで社会につなぐ』(講談社現代新書2234)を読む

7月9日(水)

副題は「デジタルアーカイブのつくり方」である。アーカイブは元々は公文書の保管所という意味だが、では、デジタルアーカイブとは何なのだろうか。また、副題ではないが、表紙には「いま、データで何ができるのか?」との問いかけがある。著者の肩書は「情報アーキテクト」である。アーキテクトは建築家と訳すことができるが、では、情報アーキテクトとは何をする職業なのだろうか。

著者は現代をビッグデータとオープンデータの時代と捉える。その功罪や危険性を論じつつ、その可能性の方に希望を見出す。その実践として、数々のデジタルアーカイブを作ってきた。デジタルアーカイブとはネット上のバーチャルな世界、具体的にはグーグルアースをインターフェイスとして、その中に、記憶としてのデータを保管する試みである。著者たちは、デジタルアーカイブとして「ナガサキ・アーカイブ」をまず作成する。これは長崎の原爆の記憶をネット上に保管する仕組みであった。つづいて「ヒロシマ・アーカイブ」で広島の原爆の記憶を、「東日本大震災アーカイブ」で震災の記憶をデジタルアーカイブ化してきた。

ナガサキ・アーカイブ

著者はその過程で、記憶のデジタル化には、地道にデータを集める人たちの情熱が必要だということに気づく。デジタル化はあくまでも手段であって、記憶の継承にはその土地に住む人たちの継承の意志が必要なのだ。そしてその意志がある限りにおいて、デジタルアーカイブは大きな力となる。

本書を読むと、ビッグデータとオープンデータは、社会の新しい形を作ることに大いに活用すべきものであることがわかる。著者のいう情報アーキテクトとは、このようにデータを紡いで社会につなぐことを仕事としている人と言うことができる。

(6月30日読了)


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