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村岡恵理著『アンのゆりかご』(新潮文庫)を読む

6月8日(日)

副題に「村岡花子の生涯」とあるように、この本は名作『赤毛のアン』の翻訳者として知られる村岡花子の伝記である。著者は村岡花子の孫娘で、東京・大森で「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」を主宰し、祖母の書斎を保存してその著作物や蔵書、書簡、資料の整理・研究を続けている。この本はその研究の中で生まれたものである。

元々は著者の母親が亡くなったことで心に大きな空洞ができ、その空洞を埋めるために祖母のことを書こうと思い立ったそうである。著者はそうやって自分のルーツを探す旅に出たのである。

そうしてできあがったこの本は、村岡花子を登場人物とする明治期からの女性史と呼べるものとなった。この本には様々な女性が登場する。柳原燁子(白蓮)、広岡浅子、市川房枝、片山廣子(松村よね子)、吉屋信子、宇野千代、円地文子、林芙美子など、実に多彩である。

戦前には女性には参政権がなかった。そこで女流文学者や女性運動家たちは、まずは婦人参政権の獲得を目標に様々に運動を展開していった。村岡花子はその女性解放運動の流れの中にいた。村岡花子の生涯を時間軸とし、その周辺の多くの女性たちを空間軸として、大きな流れとしての立体的な日本近代女性史が描かれる。

村岡花子は、東洋英和女学校で約10年間、カナダ人の女性宣教師たちから徹底した英語教育を受けた。山梨の貧しい家の生まれだったが、クリスチャンとして洗礼を受け、給費生として10歳から英語漬けの毎日を過ごした。村岡花子の英語力はこの時期の教育に多くを負っている。また、生身のカナダ人の女性を通しての英語教育だったことが、後の『赤毛のアン』翻訳の大きな力となっている。

村岡花子は、その英語力と自身の児童文学者としての感性によって、近代女性史の中でも際立つ存在となっている。『赤毛のアン』がなぜ未だに日本の女の子の愛読書となり、大人になってからも深く記憶に残る作品となりえているのか。作品自体の魅力もあるのだが、それが村岡花子というフィルターを通したこともあるのではないか。

今NHKの朝ドラで『花子とアン』という村岡花子を主人公とするドラマが放映中である。この本はドラマの原案ということで読み始めたのだが、フィクションの多いドラマとはかなり内容が異なる。本当の村岡花子の生涯を知りたい人はこの本を読むべきだろう。

(6月4日読了)


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