田山花袋著『東京震災記』(河出文庫)を読む
9月24日(火)
アニメ『風立ちぬ』で関東大震災が描かれていたため、参考になる本を探したらこの本がヒットしたので読んでみた。田山花袋は明治の作家と思っていたけど、どうやら大正時代にも執筆を続けていたようだ。震災当時は51歳だった。
花袋は震災の当時、その頃は東京西部の郊外だった代々木に住んでいた。地震の揺れは大きかったが家の倒壊や火事からは免れた。そのため花袋は、東部の本所の知り合いの安否を確認したいということもあって、翌日にはもう被害の大きい東部へと歩いて見に行こうと試みる。
この本はそうやって作家・花袋が実際に歩いて見聞きしたことの記録を中心にまとめられたものである。人間をそのありのままに描くという自然主義派の作家だけにその描写は迫真的である。その時、東京でいったい何が起こったのか。そこで人々はどのように行動し、どのように火災に巻き込まれていったのかが具体的に描かれる。現場には焼け焦げた死体が無数にあり、日露戦争に従軍したこともある花袋にとっても、正視に堪えないところがあった。不穏な空気を感じ風説も耳にする。花袋は自分の感じたことも含めてそれを描写する。
また、この本では震災当時の東京の風景も描かれる。東京がどんな街だったのか、その景色が目の前に広がるような描写である。また花袋の過ごした明治10年代からの東京の変遷も描かれる。東京が江戸時代の名残をとどめた時代から近代国家の首都として発展してきた様を花袋は思い出す。
花袋はまた未来をも幻視する。もし東京が飛行機で襲われたらどうなるのかと考える。東京に向かって数十機の飛行機が爆弾を積んで飛んでくる様を想像する。残念ながら、その幻視は22年後に現実化するわけだが。
江戸時代の安政の地震でも火事が起こって多くの死者が出た。その対策はいつしか忘れ去られ、再び地震が起こって人々はまた火事で死んでいった。いったい人間はどうしてこうも忘れっぽいのかと花袋は思う。
と同時に、花袋はこの機会に東京が一国の首都にふさわしい、すばらしい都市として復興してほしいとも願う。その願いには一種の社会進化論のような考えも反映されている。
当時の店の名や地名、作家独特の言い回しなどわからないこともあったが、ネットで検索したらほぼ判明した。それを除くと平易な文体で書かれてある。震災のことだけでなく、東京という街をより重層的に理解するためにも読むべき一冊と言えるだろう。
(9月21日読了)
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