春日太一著『仁義なき日本沈没 東宝vs.東映の戦後サバイバル』(新潮新書)を読む
12月9日(日)
これは東宝と東映という老舗の映画会社での人間模様を中心に描かれた戦後日本映画史である。個々の作品よりもむしろその映画を企画製作し興行として配給する人々の行動を追ったものである。
そのためもあるのか、著者の文章に特有の対象者が乗り移ったような情念のこもった筆致は抑制され、より俯瞰的に人々が描かれる。だが著者の熱い気持ちは所々で噴き出し、ついに「仁義なき戦い」と「日本沈没」の製作過程を追った第4章では春日節が全開となる。
1977年生まれの著者がどうして60年代の映画模様をここまで迫真の筆致で描けるのだろう。学生時代からケーブルTVで東映や日活映画を見まくっていたらしいが、それに加え、当時の映画雑誌の丹念な読み込みと関係者に深く取材した結果もあるのだろう。まるで実際に関わっていた人としか思えない描き方であった。
「仁義なき戦い」の実録モノは昔の作りモノ感のある映画を終わらせ、「日本沈没」は今の映画興行のあり方の先駆けとなった。東映はその後テレビ時代劇に生きる道を見い出し、東宝は製作部門を完全に切り離し外注へと移行していく。
今の映画は昔とはちがう土壌の中で製作されている。昔と今とどちらがいいのか評価はさまざまだろう。著者は映画全盛期の頃の日本映画を見まくったものとして本当は「昔はよかった」と言いたいはずである。だが、この本の中では最後までその言葉を自分で言うのは抑えていた。
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