天童荒太著『悼む人 上・下』(文春文庫)を読む
11月11日(日)
天童荒太という名はTVドラマ『永遠の仔』(2000年)の原作者として知っていた。見たことはないけど、ずいぶんと話題になったドラマである。でも、話題になっただけに本を読む気にはなれなかった。
『悼む人』は、今回、堤幸彦演出、向井理主演で舞台化され、10月から各地で上演されている。個人的に応援しているアイドル・真野恵里菜も出演ということで興味を持ち、舞台を観る前に小説も読んでおくかと軽い気持ちで読み始めた。
だが、読み進むうちに圧倒され、目が離せなくなり、そのまま一気に読み終えてしまった。すごい小説である。この小説にはこの作家の力量のすべてが込められており、もうこれ以上の作品は書けないのではないかと思われるほどであった。
この作品はポリフォニー(多声)小説である。日本の純文学では形式だけポリフォニーであっても登場人物は作家の分身にすぎないモノフォニー(一声)な作品がほとんどである。ところがこの小説は内実としてもポリフォニーになっている。それは作家がミステリー出身だからだろうし、この作品が元々は月刊誌の連載作品で、その読者の反応を悪意も含めてネットで見ることができたことも一因であるだろう。
悼む人という着想が作家の無意識の中で生まれ育まれ、それが連載という現実の中で多くの目に晒され、様々な声が生まれる。作家はそのどの声にも耳をすまそうとし、そうした声に価値の優劣を付けないで次の連載に反映していく。そうして悼む人とは誰かということに関する多面的な解釈が表現され、それがポリフォニー小説として昇華されたのだろう。
悼む人とは誰かということに関して、これが正解なのではないかという作家自身のものと思われる解釈も作品中に示される。だがそれも解釈の一つにすぎない。悼む人の圧倒的な存在感の前にすべての解釈は空しい。明らかなのは、悼む人は止みがたい衝動に突き動かされ、これからも死者を悼み続けるということだけである。
それにしてもこの作品を堤幸彦はどう舞台化したのだろう。今は見たいような見たくないような不思議な気持ちである。(見るけど(^^ゞ)
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