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2012.08.28

宮下恵茉著『ジジ きみと歩いた』(Gakken)を読む

8月28日(火)

この作品は著者のデビュー作である。そして1991年春に設立された「小川未明文学賞」の第15回大賞受賞作品でもある。

主人公は小5の男の子である。きれいに整備された河原の前で、1年前の整備される前の河原での野良犬との出会いを振り返る所から物語は始まる。その野良犬の名前がジジで、爺のような犬だからとそう名付けられた。野良犬の住処である河川で工事が始まり、ジジは男の子の家で飼われることになる。

物語は男の子と友達3人とジジとのエピソードを軸に進んでゆく。やがて友達2人は男の子と遊ばなくなり、来生くんというドラえもんの出木杉くんみたいな男の子との話になる。ところが来生くんは家族に大きな問題を抱えていた。

少年が1年の間に様々なできごとを経験してちょっぴり成長するという話は、かつて子供の頃に学習雑誌などでよく読んだような記憶がある。なのになぜか、この本を読みながら泣くのをこらえている自分がいた。

本当は泣きたかったのだけど、電車の中で読んでいる最中にクライマックスになったもので、大の大人が人前で泣くわけにはいかなかったのだ。

少年と犬との関わり。これは人間と犬との長い関わりの歴史の芯にある部分の再現でもある。たぶんそこがとてもうまく書けていたので、私の心の琴線に触れたのだろう。

(8月25日読了)

2012.08.16

野島伸司著『ウサニ』(小学館文庫)を読む

8月16日(木)

ヘレン・E・フィッシャーの『愛はなぜ終わるのか』の、男女の愛は4年で終わるという説が話題になったのはもう20年近く前のことである。その説によると、人間は結婚して4年で生物学的に愛の情動を失って、あとは惰性や打算など他の要因で結婚生活を続けており、自分の気持ちに素直に従っている人たちは不倫や離婚をしているのだという。

また、男は生物学的に浮気をする生き物であるという説がある。男は自分の遺伝子をできるだけ多くの女にばら撒くよう遺伝的に組み込まれている。だからすべての男は浮気をするようにできているのだという。

さらに00年代になって現代思想の分野で唱えられるようになった「動物化するポストモダン」。人間は文明化すればするほど動物化していくという逆説的な説である。

著者は作家的想像力でこの3つの説を結びつけ、太宰の『人間失格』の主人公をさらに甘ったるくしたような青年の一人語りによる奇妙なラブストーリーを作りだした。

元々の説が3つともトンデモ説であり、その上に物語は若い孤独な男とウサギ似のぬいぐるみに入ったアマゾンヘビイチゴの妖精とのファンタジーなラブストーリーなものだから、全編その男の珍説を延々と聞かされることになり、大の大人が読むにはかなり苦痛な内容である。

ただ、この廃人のような主人公が最後に辿りついた「やっぱり浮気はいけない」という結論には納得できる。というか男の大半は浮気などしないし、生物学的に浮気するようにもできていない。浮気をする男はダメ人間というだけの話で、なのに変な言い訳を考えるからおかしなことになっているというだけのことである。

この物語は著者自身の脚本によって舞台化され、今、テアトル銀座で上演中である。わたしはアイドルの真野恵里菜のファンであり、この舞台にウサニ役(平野綾とのWキャスト)で出ているということで見に行く予定でいる。はたしてどういう舞台になっているのか、楽しみにはしている。

舞台「ウサニ」

2012.08.04

田口ランディ著『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本』(ちくまプリマー新書165)を読む

8月4日(土)

なぜ日本は被爆国なのに原発を受け入れたのだろうか。なぜ日本はアメリカに原爆を落とした罪や水爆実験の罪を問わないのだろうか。なぜ反原発の主張は反体制運動と結びつけられるのだろうか。1959年生まれの著者は、歴史を辿ることで自分の中に湧き起こる疑問を解決しようとする。その行動のきっかけとなったのは、1999年の東海村の核燃料臨界事故だった。

そうした疑問はわたし自身の中にもあり、ただ、わたしはその疑問をいつの間にか飼い慣らしてしまい、いつしか問うことをやめていた。今、この本を読もうという気になったのは、昨年の福島第一原発事故によって眠っていた疑問がまた湧き上がってきたからである。

著者の解答には納得できる部分もあり、納得できない部分もある。それでもここまで歴史を手際よく整理した力量はかなりのものである。同じような疑問を持つ人はまずこの本を読むべきだろう。

著者は後半の章でレオ・シラードという科学者に焦点を当てる。原爆の開発者の一人でありながら、原爆の使用を止めるために奮闘し、戦後は核軍縮の原則を提言した。核兵器を廃絶することの不可能性とそのコントロール可能性を示した提言そして対話することの重要性を訴える彼の姿勢に、著者は日本の未来の方向を見出そうとする。

終章ではロバート・リフトン著『アメリカの中のヒロシマ』を紹介している。それは原爆投下を実行してしまったアメリカの精神分析の書であり、アメリカによる歴史の「黙示録的な隠蔽」の可能性が指摘されているらしい。著者は、日本もその隠ぺいに無意識のうちに加担しており、そのことが私達に混乱を招いているのではないかと言う。何だか文学的な表現だけど、そう言えば著者は小説家なのだった。

(7月30日読了)

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