的場昭弘著『超訳『資本論』』(祥伝社)を読む
5月8日(火)
これは、19世紀の巨大な思想家・マルクスの大著の代表作『資本論』を新書1冊にまとめた本で、『資本論』全3巻のうちの第1巻部分を本文の流れに即して解説したものになっている。『資本論』はマルクスが実際にまとめたのは第1巻だけであり、エンゲルスが編集した他の巻についてはあまり顧みられなくなっている。出版社の中には第1巻しか出さない所もあるくらいである。実際、第1巻を理解できれば、マルクスの思想は大枠で理解できたと言えるだろう。
私も学生時代にマルクスとエンゲルスの様々な著作を買った。『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』や『空想から科学へ』、『賃労働と資本』、『共産党宣言』、『経済学・哲学草稿』、『経済学批判』、『資本論』(第1巻部分のみ)などである。でも読み通したのは『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』と『空想から科学へ』だけで『資本論』も100ページくらい読んで挫折した。
当時からマルクスの思想や社会主義思想は古臭いと言われていた。私もわかったような顔をして旧左翼批判をしていたけど、実際は社会主義思想が何なのかよく理解できていなかった。資本主義は繁栄を続けており、社会主義国のソ連や東ドイツ、中国、北朝鮮は貧しい独裁国家で、人々に自由がなかった。一応、マルクスとエンゲルスの本くらいは読んどけみたいな知的雰囲気はまだ残っていたけど、私にはあえて全部読み通す気力がなかった。
やがて東ドイツとソ連が崩壊し、社会主義は完全に息の根を止められたように見えた。日本でも社会党が分裂し、旧左翼としては社民党と共産党だけが生き残った。私もマルクスや社会主義への関心を完全になくした。
だが、最近、資本主義自体も何だかおかしくなってきた。民主主義と資本主義という2本立てで世界は当分続くだろうと思っていたのに、どちらにもおかしなできごとが次々と起こってきた。日本国内では貧困と格差の問題が起こる一方、政府は財政難に苦しみ、自民党と民主党という2大政党が衆参でねじれたところへ東日本大震災が起こって、原発事故と津波による被災からの復興も中々進まない。こんなことは日本だけのことなのかと思ったら、アメリカやヨーロッパもかなりおかしなことになっている。
この本を読むと、マルクスはすでに19世紀後半の段階で、資本主義が行きつく果てにはそういうことが起こると、世界市場の規模で原理的に考察していたことがわかる。その考察の射程は21世紀の今に届いている。資本主義は、そのシステム自体にシステムを崩壊させる要因を抱えている。今まで、様々な経済学者がそのことに気づき、政府や国際社会の協調によって調整する方策を考えてきた。だが、ついに資本主義は果ての果てにまで近づきつつあるのではないか。
今、マルクスを読み直すことで何かが解決されるとは思えないけれど、資本主義というシステムが崩壊したあとにあらわれてくる未来社会のビジョンについてもっとも説得力を持っているのが、私にとって今のところ『資本論』だけである以上、とりあえず1巻だけでも読んでみるしかないなと思い始めている。その時に、この超訳本を読んだことがきっと役に立つにちがいない。
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