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2012.02.16

勝川俊雄著『日本の魚は大丈夫か 漁業は三陸から生まれ変わる』(NHK出版新書)を読む

2月16日(木)

この本の著者は、三重大学生物資源学部准教授で、専門は水産資源管理と資源解析である。

この本を読むまでよく知らなかったのだが、著者によると、日本の漁業は衰退の一途をたどっているらしい。見かけだけ立派な漁港はあっても、乱獲による漁獲量の減少と未成魚乱獲による魚価の低下のために、漁師からスーパーの販売まであらゆるルートで誰も利益をあげていない。今、漁業が生き伸びているのは、莫大な補助金をもらっているからだという。

しかし著者は、日本の漁業は生まれ変われると主張する。そのためには、ノルウェーを始めとする先進的な漁業資源管理の方法を日本に導入することが必要だと言う。国による漁師一人あたりの漁獲制限と漁業組合による適切な経営によって、日本の漁獲量は回復するはずだと言う。

確かに著者の主張は理にかなっている。このままだと日本の漁業は20年もしたら滅びてしまうかもしれない。だが、今、日本のあらゆる分野で起こっていることと同様に、ここでも既得権益の壁が立ちふさがる。

著者は東日本大震災後の三陸の現場に立ち、現地の漁師たちの話を聞いて、逆にすべてが破壊された三陸の地だからこそ、漁業の再生は可能なのではないかとの想いを強くする。漁業の復興は元に戻すことではなく、新しい形に変えることである。それは今の三陸だからこそできることであり、三陸がモデルになって日本全体の漁業も変わることができれば、日本の漁業は生まれ変われる。著者はそのための具体的な方策も提案している。

この本の第六章では水産物の放射能汚染について割いている。放射能汚染については著者は門外漢らしいが、よくまとまっていて、わたしたちが水産物を買う時の判断の材料になる。また、著者はウェブサイトとツイッターでの発信も続けていて、最近は水産物の放射能汚染の話題が多いようだ。サイトのリンクとツイッターアカウントは以下の通りである。

公式サイトhttp://katukawa.com/
ツイッターアカウント @katukawa

(2月13日読了)

日本の魚は大丈夫か―漁業は三陸から生まれ変わる (NHK出版新書 360)

読み助の本棚

2012.02.11

東浩紀著『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』(講談社)を読む

2月11日(土)

情報技術の発展に伴う、今までとは異なる形の民主主義の可能性について論じた本。

わたしたちは現在の民主主義がうまく機能していないことを感じている。著者はその感覚がどこから来るのかを原理的に解明しようと、民主主義の祖であるルソーから論じ始める。そして、ルソーの『社会契約論』にある一般意志という概念を読み変えると(一般意志2.0)、それがグーグルのような情報技術(ウェブ2.0)によって可視化されて、民主主義がアップデートされる(民主主義2.0)可能性があることに思い至る。

それは今の民主主義を否定するものではなく、アップデートするものである。フロイトの精神分析のように、一般意志(無意識)が可視化(意識化)されれば政治はより正常化される。政治に民意がより反映され、ファシズム的なカリスマの暴走も制御できる。だからと言って、今のニコ生やTwitterが一般意志を可視化しているかというと、著者はその可能性を論じつつも、このままでは不十分と見ている。可視化のためには一般意志2.0のための新しいプラットフォームが必要なのだ。

ウェブ2.0によって一般意志2.0を組み込んだ民主主義2.0が実現される。その社会は、ローティの言う「リベラル・ユートピア」のようなものになるだろうと著者は言う。この本では抽象的に論じているため、具体的な展開がどうなるかはわからない。でも、今の政治に対してわたしたちが漠然と感じていた不満のありかとこれからの政治の方向性を原理的に示してくれた点で、この本はルソーの『社会契約論』のように革新的なものであると言えるだろう。

(2月1日読了)

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

読み助の本棚

2012.02.01

映画『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を観る

2月1日(水)

映画の日の今日、新宿ピカデリ―で『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を観てきた。3Dの方を観たため2千円したけど、VFXを駆使した映画なので3Dで観ないわけにはいかなかった。

映像は1964年の東京を見事に再現しており、東京タワーが完成し、東京オリンピックのあった年に、わたしもいつのまにか入りこんでいた。

だが、それは必ずしも過去を懐かしむことだけを意味しない。1964年の登場人物たちは未来を見ており、わたしもその中で未来を見るような気持ちに自然となる。そして、その未来が2012年の現実の日本ではないことに気づく。登場人物たちはあくまでもその時点の延長として未来を見ているので、現実の未来とは見ている方向がちがうのだ。

そしてそれは映画を観終わって、2012年の現実に戻っても感覚として残ることになる。わたしは現実に戻っても、あいかわらず未来を見ていて、それは当然今ではなく、これからの未来である。

そこでわたしは、その未来が1964年に反転されて見えるという不思議な感覚を味わう。1964年は大空襲の廃墟から東京が復興を始めて19年後のことである。1年前、わたしたちは東北沿岸を地震と津波と原発事故で失うという大きな経験をした。つまり1964年はわたしたちの18年後の未来を示しているという感覚なのである。

そういう意味では、最新のVFXを使って過去を忠実に再現したように見えるこの作品は、実はわたしたちのありうべき未来を示しているとも言える。そこにある未来像に、わたしはこれからのこの国の希望が見えるような気がした。

ALWAYS 三丁目の夕日'64

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