「難」を語れる作家の誕生。大野更紗著『困ってるひと』(ポプラ社)を読む。
8月27日(土)
わたしが初めて大野更紗という人の存在に気づいたのは、昨年の12月頃、Twitterを通してだった。確か荻上チキさんのツイートで紹介されていたと思う。難病にかかって闘病中の女性で、Web上でエッセイを連載しているとのことだった。彼女自身もTwitterのアカウントを持っているということでさっそくフォローした。アイコンの、メガネをズラして斜に構えた姿にコミカルな印象を持った。
ツイートの内容から最初は30代の半ばくらいかなと漠然と思っていたけど、そのうちまだ26歳で、大学院でビルマや難民の研究をしていた人であると知った。どうりで国際的な問題に深く鋭く切り込んだツイートをするはずである。そして彼女自身が難病にかかっているためか、障害者の問題にも鋭いツイートをしていた。
この本の原型は、ポプラ社のポプラビーチというサイトで連載されていた『困ってるひと』というタイトルのエッセイである。月2回の連載で、難病にかかった彼女がいかにしてそれと闘ってきたかが、けっして深刻ぶることなく、むしろユーモラスに突き放すように描かれていた。その世界に取り込まれて、いつしかエッセイの更新がわたしの楽しみになっていった。
この本から感じられるのは、難病の苦しさとともに、それと果敢に闘っている彼女の生命力の強さである。この強さはやはり彼女の若さから来るのだろう。わたしは途中から、まるでチョモランマ登頂を目指す登山家の手記を見るような気持ちで、彼女の文章を読んでいた。
闘病の中で彼女は、難病と闘うためには制度の助けが必要であること、しかし日本ではその制度が不十分であることに気づく。彼女の闘いは病そのもの以外に日本の制度や無理解な医療の現場や一般人との闘いへと広がる。制度は黙っていても変わらない。当事者が声を上げて行政を動かす必要があり、さらにはその制度への一般人の理解が必要である。
この本はだから闘病記でありながらそれを超えたものとなっている。一般の人にも読んでもらわなければならないからである。ベストセラーにならなければならないからである。
大野更紗さんがこれからどういう作家になっていくかはわからないけれど、この本が皆に誇れる処女作であることはまちがいない。困ってるひと、「難」を語れる作家として、これからも見守っていきたいものである。
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