梶尾真治著『壱里島奇譚』(祥伝社)を読む
9月12日(日)
熊本在住のSF作家・梶尾真治の最新長編。天草地方の壱里島(いちりじま)という架空の離島で起こった不思議な物語である。
SFというと昔話をひっくり返した未来話というイメージがあるが、この物語は現代のどこにでもありそうな地方の離島が舞台となっている。主人公は熊本出身で東京の商社に勤める30前の男で、会社ではあまりぱっとせず、退職願を出そうと考えていた。そこへ会社の常務から、壱里島で販売された「おもしろたわし」という名の不可思議な商品の調査とその島に住む母親の様子を見てくることを依頼される。
依頼を受け主人公は壱里島へ出張する。そこで島の人々の温かさとのどかな暮らしぶりに魅了されてしまう。だが、そのうち主人公の身に奇妙な事が次々と起こる。依頼した常務は実は存在していなかった。そして会社へはいつのまにか退職届が出されていた。
いったい何が起こっているのか。どうもこの島には魑魅魍魎のような不思議な力を持つ存在が宿っているらしい。
やがて島では大きな事件が起こる。町長がこの島を核廃棄物の最終処分場にするよう国に申請したのだ。その行方はどうなるのか。はたして主人公の運命は。
わたしは学生時代にサークル活動で離島に何度も行ったことがあり、仕事として原発の環境調査に関わったこともある。その経験からも、この物語の描写の確かさには驚かされた。まるで現実に壱里島があるかのようだった。また、物語の発想の元になったであろう「いちりとらん らんとらんとせ しんがらほけきょ とゆめのくに」というわらべ歌は、子供の頃に刷り込まれていたようで、数十年ぶりに強い懐かしさと共にメロディが蘇ってきた。
アイドルの真野恵里菜の出演する舞台『つばき、時跳び』の原作者ということで梶尾作品を読み始めたが、わたしにとって、今までにあまりない読書経験となった。自分の経験と物語とが深く共鳴する作品と出会えたのである。読書経験とは別に、現実の不思議な縁も経験することのできた作品でもあった。
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