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釈徹宗著『いきなりはじめる仏教生活』(basilico)を読む

9月25日(金)

浄土真宗の住職で宗教学者でもある著者による、仏教生活のすすめ。著者は現代を自我の膨れ上がった時代と捉えている。そのため現代人は、特有の苛立ちを抱えて生きている。そんな時代だからこそ、仏教の教えやさまざまな実践が有効であると著者は説く。

ただ、それは著者一流のレトリックでもある。本来仏教は、役に立つ・立たないといった世俗の価値観を超えたところにあるからだ。しかしどうにも息苦しいこの世の中を、何とか少しでも楽に生きたいと願うところから、仏教の道に入る方法もあるのだ。

著者の本を読んだのは共著を含めると4冊目だが、読むほどに日本の既製仏教も悪くないなと思えてくる。特に他力を説く仏教の教えをもう少し学んでみたいと思った。とりあえずは、部屋に自分なりの簡単な仏壇を設けて、時間を作ってお寺の仏像巡りでもしてみようかな。念仏を唱えるとアパートの隣の部屋から苦情が来そうなので、そちらの方は当分できそうにもないけど。

(9月23日読了)

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石井光太著『絶対貧困 世界最貧民の目線』(光文社)を読む

9月23日(水)

「世界リアル貧困学講座」という講座名を冠して、世界中の貧困社会を14講にわたって具体的に記した本。大きくはスラム編、路上生活編、売春編に分かれる。この先生はただものではない。貧困社会の成り立ちについて微に入り細に入り実に詳しくしかもわかりやすく解説してくれる。おかげでわたしの貧困についてのイメージは大きく変わった。

著者は1977年生まれのまだ若い作家である。ただ、大学時代から世界中を旅して貧困社会を取材し、ノンフィクションやTVのドキュメンタリーの仕事も積み重ねてきた。作家だけあって、講座とは言っても学者のような堅苦しい言葉は一切使っていない。それでいて世界の貧困社会の多様性や、そこに暮らす人たちの悲惨でありながらたくましくユーモラスな生活を見事に描いている。

著者は国際開発論などの視点とは違う貧困学を立ち上げたいと願っている。この本はその記念すべき始まりの書でもある。国際開発論のようなマクロな視点の貧困論と貧困学のようなミクロな視点の貧困論が組み合わさって、本当に貧困社会に暮らす人のためになる政策や方策が生まれるのだろう。

本筋とは関係ないが誤植を1か所見つけた。それが「立ちんぽう(p247 )」だったのが妙に受けた。

(9月21日読了)

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ジェラルド・カーティス著『政治と秋刀魚』(日経BP社)を読む

9月8日(火)

日本の政治を研究してきたアメリカの政治学者が、自らの半生と初来日してから40数年間の日本の政治と社会の移り変わりを、エッセイとしてまとめた本。わたしの古い友人がその組織のトップに薦められたとメールで暗に読むように薦めてきたので、読んでみようと思ったのが去年の9月ごろで、ようやく1年経って読むことができた。

さすがに人が薦めるだけあって、中々の良書である。今の日本は、昨年のアメリカ発の金融不況の影響のもと、長年政権を担当してきた自民党が8月30日の衆議院総選挙で惨敗し、民主党に政権交代しようしている激動の時期にある。この本が扱っているのは福田政権までなのだが、それでも今の政治状況を考える上での良質な考えが、この本にはいっぱいつまっている。

日本の社会はここ20年間で大きく変化したのに、政治の仕組みはその変化についていけなかった。著者は日本の良さを十分に認めつつ、やはり政治は変わらなければならないと説く。そしてその意見はこれまでの日本観察に裏付けられており、著者と意見の違う者でさえも耳を傾けざるを得ない。唯一残念なのは、日本を単一民族国家としているところくらいか。

この本はアメリカ人の著者が、自ら日本語で書きおろしたものである。著者は初来日した頃、タクシー運転手に「日本語お上手ですね」と言われたことを記し、今では外国人も増え、そういうことを言うタクシーの運転手もいなくなったと述べているが、さすがにこの本を読んだら日本人の誰もが「日本語お上手ですね」と言いたくなるだろう。それどころか、国語の教科書に載っても不思議でないくらい、平易でしかも味わい深い文章であった。

そういえば今は著者の大好きな秋刀魚の季節である。浴衣を着て、七輪で焼いた秋刀魚を肴にビールを飲んでいる。そんな著者の姿がふと頭に浮かんだ。

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