城戸久枝著『あの戦争から遠く離れて』(情報センター出版局)を読む
4月30日(木)
久しぶりにノンフィクションの傑作を読んだ。この本を書けた著者に、嫉妬も混じった称賛を贈りたい。文才があるだけではこんな本は書けないからだ。もっとも、わたしが称賛するまでもなく、この作品は2008年に第39回大宅壮一ノンフィクション賞と第30回講談社ノンフィクション賞を受賞している。これは史上最年少でのダブル受賞である。
著者の父親は中国残留孤児である。1970年、まだ日中の国交回復のない時期に、自らの懸命な努力の果てに無事帰国を果たした。日本で日本人と結婚し、著者は次女として1976年に生まれた。この本では、その立場から父と娘の体験を描くことを通して、あの戦争からつながる中国を中心とした戦後史が描かれてゆく。
著者にとって転機だったのは、大学時代の中国への留学である。それは97年から99年にかけての2年間で、その中で著者は中国のいいところも悪いところも体験する。中国の「親戚」や父親の友人たちと出会って熱烈に歓迎を受けるかと思えば、反日体験にショックを受けたりもする。その体験が中国での父親の体験への深い関心につながるのだ。
10年近くの取材の最後に、著者は父親の育った故郷を訪れる。その近くを流れる牡丹江を見ている中で、著者は父親と自分の物語がこの川の流れを始まりとする大きな流れとしてつながっていることを体感する。この本が名作になったのは、この著者の実感が底流にしっかり流れているからである。
4月からはNHKの土曜ドラマで、この本を原作とした『遥かなる絆』(全6回)も放映されている。実を言えば、本はだいぶ前から持っていたのだが、458ページもある単行本で持ち運ぶには重いのでつい後回しにしていた。いい機会だと一念発起して何とか読み終えた次第である。ドラマの放映は次回が第3回である。
余談だけど、本の最後にある父と娘の近影が何だか微笑ましかった。
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