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甘糟幸子著『楽園後刻』(集英社文庫)を読む

4月2日(木)

鎌倉に住む60歳前後の女性・菊子と信子が主人公。それに菊子の親戚である80代前半の逸子という老女も絡みながら、鎌倉の四季とともに物語は進んでゆく。

先日母が上京する際に、甘糟幸子の小説を読んで鎌倉に行きたくなったとの希望を聞き、どんな小説なのだろうと読んでみた。この小説は著者の69歳の処女作である。元々は鎌倉についてのエッセイで知られていた人だという。エッセイの文体は明晰だそうだが、この小説では登場人物たちの複雑な心理を描くためなのか、むしろ晦渋な文体を採用している。

小説の中では物理的にはほぼ3年間の時間が流れている。しかし主人公たちの経験が何度も回想されるため、経験的な時間の流れは重層的である。その中で、この小説が没落した富裕層の物語であることが明らかになってゆく。小説の視点は時には菊子に時には信子や逸子にと変わってゆくが、著者の分身は信子であるように思われる。信子の家庭は特に富裕でも没落もしていなくて、信子の視点で太宰の「斜陽」のような世界が描かれているようなのだ。

母が上京し妹の子である小学生の姉弟も連れて、4人で鎌倉に行ってきた。物語の始めは春で桜が咲いていたが、今の鎌倉は満開まで一歩手前の状態であった。菊子と信子が歩いたであろう道を歩いてみた。最初の風景描写が文章だけではわかりにくかったのだが、歩くうちにふに落ちるような気がした。小説の理解には実際に現場に行った方がいい場合もあるようだ。

母の希望がなければこういう小説を読むことはなかっただろう。でもこういう風味の小説を読むのもたまにはいいものである。

(3月30日読了)

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