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2008.09.26

加護亜依著『LIVE~未成年白書~』(メディア・クライス株式会社)を読む

9月26日(金)

かつてモーニング娘。のメンバーだった著者の復帰後初の本。10代のアイドルの卵、女子高生、ハワイの留学生、ネットオタクたちとの対談、宗教家の下ヨシ子氏、写真家の藤代冥砂氏との特別対談に加え、自身の現在の心境をつづったエッセイ、LAやハワイで撮った写真などで構成されている。

わたしは、著者の所属していたハロープロジェクトのライトなファンで、ファンクラブにこそ加入していないが、CDやDVDはよく買っているし、年に1回くらいは現場にも行っている。それだけに著者の謹慎とそれに続く解雇を残念に思っていた。この本では、その経過と活動停止中の心境や行っていたこと、それに自殺未遂という衝撃的な行動をも隠さないで語っている。

著者の再出発はまだ始まったばかりだが、おそらく著者自身も周囲も試行錯誤の最中なのだろう。わたしも、今までの活動を好意的にばかり見ているわけではない。それでも、過去の自分と決別して、芸能界で活動していく著者をしばらく見守っていきたいと思う。

そういえば、このブログの初日に「ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」というTVドラマのことをほめていたことを思い出した。その主演の1人がこの本の著者である。

(9月24日読了)

2008.09.24

寺田昌嗣著『フォーカス・リーディング』(PHP)を読む

9月24日(水)

本書の副題は、1冊10分のスピードで、10倍の成果を出すいいとこどり読書術、である。基本は速読法を伝えるもので、この本で練習を積めば、新書程度なら1冊10分で読むことができるようになるそうだ。ただ著者は、速読はあくまでも手段に過ぎず、本当に大切なのは、読むべき本を選択して、目的意識を持って読むことだと言う。1冊10分で読んだらその本を3回は読み直すべきとも言っている。

この本では、右脳の活用とか潜在意識というような用語は使っていないが、その内容は似たようなものだ。要はビジネスマンの自己啓発書の一つである。その例にもれず、内容は薄い。それでもわたしがこの本を買ったのは、やはり読みたい本が貯まる一方で悩んでいたからである。速読法によって10分で1冊読めるようになれれば悩みの大半は解消されると思っていた。

しかしこの本を読んで、大切なのは多読や速読ではなくて、読むべき本を絞ることだと思うようになった。読みたい本は多いが、それは書評等にまかせて読んだ気になっていればいい。わたし個人にとって大切な本はもっと限られてくるはずである。そのことに気づかせてくれただけでも、この本に感謝したい。速読の練習は、さてどうしようか。

(9月20日読了)

2008.09.21

山田肖子編著『アフリカのいまを知ろう』(岩波ジュニア新書)を読む

9月21日(日)

最近の日本のアフリカ研究をまとめたもの。著者も若手のアフリカ研究者である。アフリカ研究といえば霊長類や人類学の研究が有名だが、ここでは社会・人文科学の分野に限定している。高名な先生からではなく、比較的若手で実績を上げている研究者からのインタビューをまとめている。

第Ⅰ章は著者自身によるアフリカのいまの概要で次章の要約にもなっている。第Ⅱ章が11人の研究者へのインタビューになっている。文系の研究に限定しているとは言え、内容は多岐に渡る。日本とアフリカとの交流史、アフリカの経済、農業、経済援助、紛争史、エイズ対策、公衆衛生、ジェンダー、手話、音楽、文学などの諸研究がインタビューを通して紹介されている。また巻末には、より深く知るためのブックリストもある。

すべての研究者に共通するのは、日本人のアフリカ理解が一面的であるとの指摘である。そしてアフリカといえば援助であるが、援助のあり方の問題点を指摘する人も多かった。今後の日本のアフリカへの援助は、こうした若手研究者の多面的な研究を踏まえて行われるべきなのであろう。

おわりに、にはこの本の元になったウェブサイトも紹介されている。より詳しい内容はそのサイトで確認できる。

アフリカの森

(9月19日読了)

2008.09.13

映画「西の魔女が死んだ」を観る

9月13日(土)

おとといの木曜日、昼から新宿武蔵野館で『西の魔女が死んだ』という映画を観てきた。原作については6月25日にすでに書いているけど、映画のあらすじは原作とほとんど同じである。細部についても原作そのままのセリフが多かった。

今回映画を見て思ったのは、この作品には子供の成長に必要なことは何かが豊富な具体例とともに示されているということである。ゲンさんと呼ばれている、まいにとっては汚らわしく卑しい男がなぜ近所にいるのか。ゲンさんがいなければ、この作品は、都会で傷ついた少女が田舎の豊かな自然と優しい祖母に癒されて再び都会に帰っていくという単純な話になっていた。傷ついている少女が同時に差別と偏見に捉われていることで話に深みが加わる。ゲンさんの見え方が変わることがまいの成長の指標である。

不思議なのは、なぜ原作にはない郵便配達人とその息子を登場させたかである。何だかお伽の国の郵便屋さんと言った感じだったが、まだうまく解釈できないでいる。

おばあちゃん役のサチ・パーカーは、日本に長く暮らすイギリス人女性そのものだった。また他の作品にも出て欲しい。主人公のまい役の高橋真悠は傷ついた暗い表情の少女でありながら、時折見せる明るい笑顔が魅力的だった。いずれTVドラマにもまちがいなく主役で出てくる素材である。

映画を観る前は晴れ渡っていた空が、観終わって外に出るとどしゃ降りになっていた。まるでこの映画の冒頭とラスト近くのシーンのような激しい雨であった。

西の魔女が死んだ(映画)


2008.09.09

梶井照陰著『限界集落』(フォイル)を読む

9月9日(火)

限界集落とは、本書によれば、65歳以上の高齢者が集落人口の50%を超え、独居老人世帯が増加し、このため集落の共同活動機能が低下し、社会的共同生活の維持が困難な状態にある集落をいう。大野晃著『山村環境社会学序説』を参考にしたとある。

プロフィールによれば、著者は1976年生まれの佐渡ヶ島出身の僧侶である。16歳の頃から写真を撮り始め、1999年に高野山大学密教学科を卒業した後は、世界各国を訪ねて積極的に取材をし、2004年には故郷の佐渡の波を撮った写真集『NAMI』を発表し、2005年には日本写真協会賞新人賞を受賞している。現在は佐渡ヶ島で真言宗の僧侶をするかたわら、写真家としての活動を続けている

この本は、日本各地の限界集落を取材したルポルタージュである。ただ文章と写真が交互に並んでおり、写真の量が多い。また、写真が何を写しているかを捕捉する文章はなく、本文との緩やかなつながりの中から推測するだけである。そういう意味では、この本は限界集落を素材にした写真集とも言える。

文章はさすが僧侶と言うべきか余計な自己顕示臭がなく、透明なフィルターを通して風景を見ているような感じである。言わば、写真のような文章なのだ。著者の感情表現は極力抑えられ、ただ、事実が淡々と述べられてゆく。しかしその事実の選択の中に、この著者の穏やかだが芯のある自己が浮かび上がってくる。

今後10年以内に423の集落が消滅する可能性があるという。著者の撮った限界集落の風景や年寄りの姿が、やがては写真集の中だけのことになる日が来るのだろうか。著者自身は、このままでいいのだろうかと静かに私たちに語りかけている。

2008.09.02

福田首相の辞任にただ驚く

9月2日(火)

昨日の夜9時40分頃、車のラジオでニュースが聞こえてきた時には「ああ!?」と思わず声を出していた。驚いたなあ。夜9時頃に記者会見があると聞いたときは、何だろうと思っていた。その時は麻生幹事長が会見と言ってたので、もしかして麻生さん幹事長を辞任するつもりかなと漠然と思ったことを覚えている。

それから2時間くらい、車を運転しながらそのことについて考えていた。嫌な感情はなくて、ただ、ニュースの大きさに対する言葉にならない驚きの気持ちが続いていた。

会見後にマスメディアが後付けの解説を大量に流していたが、どれもピンと来なかった。福田首相が辞任したことによって何かが大きく変わろうとしているという感覚だけは本当だった。それは単なる解散総選挙で民主党が政権を取ること以上に大きいことが起こるような予感であった。

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