小泉義之著『病いの哲学』(ちくま新書)を読む
8月1日(金)
病いの哲学とは、不治の病の哲学のこと。不治の病にかかった人は、長らく、死へと傾斜する存在としてのみカテゴライズされてきた。また、移植手術の発達から、脳死状態の人は死んだと見なされ、生きたまま臓器を取り出されるようになった。不治の病や脳死移植について哲学すると、生と死の境界でのぎりぎりの思考が見えてくる。
著者は、ソクラテス、ハイデッガー、レヴィナスの哲学から、死の哲学、犠牲の哲学を抽出する。そしてそのような哲学を死に淫する哲学と評する。一方、死に淫する哲学に対抗する哲学として、プラトン、パスカル、デリダ、ジャン=リュック・ナンシー、フーコーの中から、病いの哲学、病の末期の哲学を抽出する。また、医療の社会学的な意義を考えるため、パーソンズに学ぶ。
この本から見えてくるのは、わたしたちの社会は、不治の病にかかることの価値を軽視してきたということ。もう少し、死に淫することなく、生そのものを見つめると、不治の病の人に固有の実情が価値あるものとして見えてくる。いくぶんは著者独特の煽りにだまされているような気もするが、たぶん、わたしたちの社会は根本から変わる必要がある。
« 今日起こったこと | トップページ | 畑正憲著『人という動物と分かりあう』(ソフトバンク新書)を読む »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 読んだ本39冊(2019.07.15)
- カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳『日の名残り』(中公文庫、1994年)を読む(2018.08.10)
- カズオ・イシグロ著、小野寺健訳『遠い山なみの光』(ハヤカワepi文庫,2001)を読む(2018.06.01)
- 読んだ本3冊(2018.04.19)
- 菅野覚明著『吉本隆明―詩人の叡智』(講談社学術文庫)を読む(2018.02.18)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント