梁石日著『タクシー狂躁曲』(ちくま文庫)を読む
8月30日(土)
著者の梁石日(ヤン・ソギル)は大阪出身の在日韓国人2世作家で、かつてタクシー運転手を東京で10年間したことがある。この作品は一つの物語ではなく短編集ではあるが、主人公は同一人物で、在日韓国人2世のタクシー運転手である。そのためこの短編集には、作家の経験が色濃く反映しているものと考えられる。
表題からはタクシー運転手の業務の裏話的な物語を期待したが、それは最初の『迷走』で終わり、『新宿にて』、『共同生活』、『祭祀(チェサ)』、『運河』までは、在日韓国人として受ける差別の肌触りや同胞の腐敗や子供時代の無残な経験が語られる。最後の『クレイジーホース』ⅠとⅡにおいて、再びタクシー運転手の話に戻るが、業務というより仕事仲間の話が中心である。しかも現実にはありえないような破滅的な連中の話で、いくらなんでもこれは作家の創作としか思えない。
『迷走』の中で、タクシー運転手は、仕事が終わったらお互いに景気のいい嘘を語り合って、仕事の憂さを晴らすというような記述があるが、この作品全体に感じられるのは、この誇張された嘘の感覚である。でも、無類におもしろいから嘘とわかっても許せてしまう。ただ、このお話の元になる何らかの経験は確かにしているという、リアリティーの芯のようなものも感じられる。
この作品は映画『月はどっちに出ている』の原作だそうで、映画の方も見てみたくなった。
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