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今日起こったこと

7月21日(月)

朝起きて、フジTVのめざましを見る。見逃してしまったが、どうやら占いは1位だったらしい。ふと顔を鏡で見ると数年来右頬で成長を続けていたホクロのようなものが取れて、クレーターのような跡が残っていた。小さな粒が徐々に大きくなり、去年にはついに皮膚を破って3mmくらいの大きさになっていた。触ると石のように硬く、ひょっとしたら悪性かもと心配していただけに、何か拍子抜けで、でもうれしかった。

今日は朝から映画を観に行く予定だった。『西の魔女が死んだ』である。はじめ、立川のシネコンで、10時半上映のを見ようと、電車に乗って出かけた。着いたのが10時20分頃、すでに大勢が並んでおり、しかも目当ての映画はすでに満席だった。しょうがないので家に戻った。

次に、12時20分上映のを見ようと、今度は新宿の映画館をめざした。着いたのは12時18分で、残念ながら今回も満席、家に戻ることにした。

今日は祝日、子供たちの夏休みが始まって3日目でもある。そのせいもあったのだろうが、わたしの見たい映画が満席というのは久しぶりの体験である。しかも『西の魔女が死んだ』はもう3週目の上映なのだ。毎週のめざましランキングでベスト5入りは果たしていないけれど、順調に客足を伸ばしているようで、他人事ながらうれしくなった。

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堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を読む

7月15日(火)

2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロ。それからアフガニスタン侵攻、2002年にはイラク戦争が起こった。このルポは、911を契機にアメリカで富裕層と貧困層の格差の拡大が顕著になり、そのことによって、今アメリカ社会に何が起こっているかをルポしたものである。新書でルポということで初めからページ数に制限があるが、そのことで典型的な人への取材に限定されることになり、かえってアメリカ型の貧困がはっきりと浮かび上がる効果が出ている。

ここまでアメリカの暗部を描いたルポというと本多勝一の『アメリカ合州国』を思い出す。あの作品がベトナム戦争の最中だったからもう40年になる。その割には、読んだ印象はあまり変わらない。アメリカが泥沼の戦争を起こすと自国民の貧困層が被害を受けるという構造はあいかわらずだからだ。

ただ、今回は新保守主義という政治思想が政府の中枢を支配し、市場原理第一の政策を選択して、あらゆる社会保障分野の民営化を進めてしまったため、かつて存在した中流層までが貧困層へと転落するという、より悪い事態が起こっている。貧困層に転落した人たちの多くは、起死回生の手段としてイラク戦争に参加する。その参加を促すのも民間の派遣会社という徹底ぶりだ。また、そうした事態に声を上げるべきマスコミも、新保守主義層に経営を支配されて、ジャーナリズム精神を失っている。

この本ではこうした事態と戦うNPOなどの活動も紹介している。経済的自由と社会的平等はそのままでは両立しないことは、フランス革命の時代から明らかになっている。民主主義は常に市場原理と戦わなければならない。でも平等が行き過ぎると社会主義国のように、生産性のひどく劣った社会になってしまう。ただ、今のアメリカが行き過ぎた経済的自由に傾いているのならば、それを正せるのは国民しかいない。著者は世界市民と言いたいのかもしれないが。

日本でも同じ事態は進行している。兄ちゃん、自衛隊はいらへんかのおじさんは最近見かけないから、アメリカのように戦争とは直結していないけれど、格差の広がる社会をそのままにしておけないと言う点では、日本の国民も声を上げる時に来ている。誰にでもできる方法は、次の選挙の際に志を持つ者に投票することである。

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山本敏晴著『国際協力師になるために』(白水社)を読む

7月8日(火)

著者はNPO法人・宇宙船地球号の理事長兼事務局長で、写真家でありながら医師でもある。開発途上国を中心に70ヶ国に及ぶ国で撮影をし写真展を催したかと思うと、さまざまな国際協力団体に所属して医療援助活動に参加したりしている。

そんな著者の一番の関心は、この世界が持続可能な社会でありつづけることである。そのための方法の一つとして、国際協力の分野でプロとして活動できる人、つまり著者の言う国際協力師を一人でも増やそうとこの本を書いている。

初めは宇宙船地球号とか国際協力師とか何か胡散臭い感じがしたのだが、本の中味は意外と(失礼!)まともだった。この本では、国際協力の分野で共通する方法論についての説明があり、さらに貧困を減らす仕事、健康を守る仕事、HIV・エイズ対策、環境問題などの具体論に即して、現状の問題点とこれからの展望が述べられている。その合間には国際協力とはまったく関係ない話が閑話として挟まれており、そこから著者の明るい人柄が伝わってきて、いい息抜きになっている。

著者の書き方はやさし過ぎることなくかつ難しくなく、国際協力師の仕事の魅力と困難さを伝えているが、この本はもちろん入り口にすぎない。国際協力師になるためには、最低でも開発に関する大学院の修士号、英語ではTOEFL600点以上の実力、海外での勤務経験2年以上などが必要で、実はかなりハードルが高い。

でも、この本を読んで、やる気になりさえすれば、かなりの人が国際協力師になれるはずである。わたしは今46歳の中年だけど、それでも少し気持ちが動かされた。世界は問題に満ちており、解決されることを待っている。そのためには多くの人の力が必要である。一市民として自分にできることをやるのもいいけれど、国際協力師として生きるのもいいのではないか。

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映画「花はどこへ行った」を観る

7月4日(金)

偶然だが今日はアメリカ合衆国の独立記念日である。そんな日にこの「花はどこへ行った」という映画を観に行ったのも何かの縁だろう。実は今日が東京での上映の最終日ということで重い腰をようやく上げたというのが本当のところなのだけど。

この映画は坂田雅子さんの初監督作品である。初めてとは言っても坂田さんはもう60歳で全共闘世代に属する。夫のフォトジャーナリスト、グレッグ・デイビス氏を2002年に肝臓癌で亡くし、その原因がベトナム戦争で浴びた枯葉剤のためなのではないかとの夫の友人からの指摘を受けて、ドキュメンタリー映画作りを思い立つ。そして海外の大学で一から映画作りを学んで、ついにこの作品を完成させるのである。

内容は、主に、夫の過去を夫とその友人たちの語りで振り返る部分と、ベトナム戦争中に夫の滞在したベトナムの村とその周辺で、枯葉剤が原因と見られる障害者たちの現状を取材した部分とからなる。

圧倒されるのはベトナムの障害者たちである。手や足を失い、顔が変形し脳に障害を負った子供や大人たちの映像が次々と現われる。ベトナムはまだ貧しい。その貧しさの中で、親たちは運命を受け入れて懸命に子供たちを育てている。枯葉剤の散布と障害との因果関係がかなり高いことを医学関係者は証言する。

夫のデイビス氏の早すぎる死とベトナムの障害者たちの現状が深いところでつながり、その原因であるベトナム戦争、その戦争を行ったアメリカ、アメリカに象徴される現代文明の成り立ちへの静かな告発というメッセージがこの作品から受け取られる。

ただ、枯葉剤が原因でなくても、デイビス氏のように若くして癌で死ぬ人はいるし、障害者は一定の割合で生まれ続ける。その人たちは特に原因もわからずにただ運命を受け入れるしかない。その人たちを救う方法ははたしてあるのだろうか、この映画のメッセージとは別のところで、ふとそんなことを思った。

SIGLO:花はどこへ行った

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