真木悠介著『自我の起原 愛とエゴイズムの動物社会学』(岩波書店)を読む
3月31日(月)
社会学者の真木悠介(見田宗介のペンネーム)が、人間の自我の生物としての根拠を、社会生物学の成果から学びつつ探ったもの。
自我は個体の成立がないとありえないが、個体とは遺伝子の生き残り戦略の一つとして単細胞同士が合体してできたものである。しかしいったんシステムとして個体ができると、それ自体が主体性をもつようになる。ただ人間以前の個体の主体性は、あくまでも遺伝子の生き残り戦略という目的性を超えることはなかった。人間が自己意識=自我を持つようになったのは、脳が巨大化して自身の行動までモニターできるだけの情報処理能力を持つようになったからだろう。人間に生じた自我は、初めて遺伝子の生き残り戦略の目的性を超えてしまったわけである。
といったようなことを書いてあると理解した。愛とエゴイズムの動物社会学とは変わった副題だが読むと納得できる。人間は個でありながら他の人間とつながっている。生物ともつながっている。延長された表現型(R・ドーキンス)としての愛とエゴイズムの生命圏。補論2の宮澤賢治論もその観点から性現象と宗教現象を論じたもので秀逸である。
すでに絶版になっており、アマゾンのマーケットプレイスでも高額で取引されているのが残念である。
(2006年10月25日読了)


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