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2008.02.29

藤沢晃治著『頭のいい段取りの技術』(日本実業出版社)を読む

2月29日(金)

効率よく仕事を進めるためにはどうすればいいかを述べた本。始めに段取りとは何か、その精神について述べてあり、続いて、時間管理、情報整理、資格学習、コミュニケーション等において段取り良く仕事を進めるための方法が、そして結婚式を例にとってやや複雑な仕事を効率よく進めるための方法が述べられる。

著者はこのように仕事の効率を追及する理由として、仕事とプライベートの2本立ての人生を送るためだと書いている。人生は楽しむためにある。仕事はさっさと手早く済ませるに越したことはない。もちろんこの方法は、さらにバリバリ仕事をしたい人にとっても有用なわけだが。

今すぐにでも実践したい具体的な「技術」に満ちている本だけど、ほとんどはすでにどこかで見たことのあるやり方でもある。一度はやったことがあるものもけっこうある。要はこういうことにマメに取り組まないと仕事ができるようにはならないし充実した人生も送れないわけで、それをやってこなかった自分の人生を反省する機会にもなった。やっぱり英検1級を取りたいし、その前にTOEICで900点を取りたいものである。著者は当然2つともクリアしている。

(2月29日読了)

2008.02.27

柳原和子著『がん患者学Ⅱ 専門家との対話・闘病の記録』(中公文庫)を読む

2月27日(水)

『がん患者学Ⅰ』で長期生存者から話を聞いた柳原さんは、このⅡにおいて、薬害エイズ訴訟の弁護士やがん専門医、サイコオンコロジーの普及を目指す開業医、栄養学に詳しい医師、アメリカの開業医、生命論の著書のある社会学者などからがんの治療を巡る様々な問題について話を聞いてゆく。それはただのインタビューにとどまらず、がん患者としての自身の切実な疑問を問いかけるものになっている。後半は自身の闘病記をまとめたものである。病院での治療の様子、がんで死んだ母の記憶、死に行く患者たちが描かれる中で、現代のがん医療の問題点が浮かび上がる。代替医療や食事療法、気功法への取り組みも描かれる。

わたしにとっては、父が膀胱がんで手術したとは言え、まだ切実な問題ではない。だが、いずれは自身の問題として直面することだろう。その時にこの本はきっと役に立ってくれるにちがいない。それにしてもがんとはいったい何者なのだろうか。がん医療のあり方と共に、その正体についても好奇心を駆り立てられる本であった。

(2月27日読了)

2008.02.22

小熊英二著『日本という国』(理論社)を読む

2月22日(金)

理論社では、14歳くらいの子供を対象に「よりみちパン!セ」というシリーズを出している。この年代の子たちに生きる指針を示すことを目的としたシリーズである。この本はその中の一冊で、明治からの日本の近代史を大まかな見取り図を描くように説明したものである。

日本は明治以来、大日本帝国としての道を歩んだ。その歩みは福澤諭吉の思想によって説明されている。欧米の帝国主義と戦うため、大日本帝国はそれまでの身分制を廃し、学歴によって優秀な人材を登用し、強い国家を作る道を選ぶ。そして日清戦争、日露戦争と連勝してその願いは達成される。その時点では大日本帝国はアジアの期待の星で、アジア各地の独立運動の模範であった。しかし大日本帝国はさらに欧米と同じように、アジア地域を植民地として支配するようになり、独立運動も弾圧する。結果として、日本はアジア地域に甚大な被害を及ぼしてしまう。

第二次大戦が敗戦で終わり日本は日本国として再出発する。日本は戦争に負けたことでアメリカに占領された状態から出発する。アメリカの主導で新しい憲法が作られ、民主的で軍隊を置かない国として出発するが、冷戦の中でそのアメリカから再軍備を要求され自衛隊ができる。やがて当時の西側諸国と講和条約を結んで独立するがそれもアメリカの主導で行われ、アメリカの言いなりの国家として戦後を歩むことになる。

敗戦国としての賠償は、アメリカのおかげで最小限の賠償金ですみ、あとは経済援助という形を取ることになる。当時のアジア諸国が独裁国家だったこともあって、実際に被害を受けた人に直接賠償金が渡ることはほとんどなかった。80年代後半からのアジア各地からの個人的な賠償請求は、冷戦が終結してアジア各国で民主化が起こったために、それまで抑圧されていた民衆の要求が表面化したものと言える。

日本はアメリカの子分として戦後を過ごしてきたが、それでも憲法9条のおかげでアメリカの圧力にも関わらず、朝鮮戦争やベトナム戦争などで自衛隊の海外派兵は行わないでいられた。アメリカの作った9条がアメリカから日本を守った面がある。しかし冷戦の終結後、日米のガイドラインが作られ、湾岸戦争、イラク戦争などで特別措置法が作られ、自衛隊の海外派兵が後方支援の形であれ行われるようになった。

今後アメリカは憲法改正の圧力を強めるだろう。日本ではその圧力を背景に安倍首相が憲法改正の準備を進めている。それは9条の改正が焦点になるだろう。さて、君たちはどうする。
そう著者は問いかけている。

著者の思い入れの込められた良書だと思う。でも著者の思想が強く出すぎている本とも言える。つまりはツッコミどころがけっこうあるということだ。ただ、日本は戦前も戦後も道をまちがえているかもという気はする。なぜ日本は脱亜入欧の道を選んだのだろう。なぜ戦後もアメリカ一辺倒でアジアを軽視してきたのだろう。アジアへの軽視をやめて、中国人や朝鮮人と絆を結ぶ道を個人としても考えたくなるような本であった。

(2007年3月24日読了)

2008.02.19

上橋菜穂子著『精霊の守り人』(新潮文庫)を読む

2月19日(火)

NHKのBS2で昨年春からアニメが半年間放映されたので原作を読んでみた。ひと言で言うと冒険ファンタジーなのだが著者が文化人類学者であるためか世界がリアルなものとして迫ってくる。近代以前に確かにヒトはこのように世界を解釈してきたのだしその世界を生きてきたのだ。原作はシリーズ化されて10巻にわたる。しばらくは皇子(のち皇太子)チャグムと用心棒バルサの住む世界を楽しめそうである。

(2007年5月18日読了)

2008.02.17

高橋祥友著『自殺の心理学』(講談社現代新書)を読む

2月17日(日)

自殺の防止策について精神医学の立場から解説した本。はじめに自殺の現状を述べどんな人が自殺するのか、その危険因子をあげている。次に世代別の自殺行動の特徴を青少年期、中年期、老年期に分けて述べ、最後に自殺の予防策について述べている。やはり周囲が精神科の医者に相談して入院、通院させるのが一番いいようだ。

自殺をいかに防止するかという観点からわかりやすく整理されており、特に自殺のサインを発している人に周囲がどう対処すればいいのかがよくわかる。ただ自殺はなぜ防止すべきことなのかという根本については述べられていない。あくまでも自殺防止の方法論についての本である。

(2007年6月3日読了)

2008.02.15

岡本正善著『逆境を生き抜く 「打たれ強さ」の秘密』(青春出版社)を読む

2月15日(金)

プロスポーツ選手にメンタルトレーニングを行っている著者が、一般の人にもできるようなトレーニングの方法と想定される様々な状況への応用を書いた本。わたしも最近生活に行き詰っているので参考になるかもと読んでみた。読んでよかったと思う。

大切なのは潜在意識で、潜在意識をプラスに持っていくためには何をなすべきかである。目標を的確に設定すること、自分のリズムを保つこと、イメージする力を持つこと、集中力をつけることなど項目ごとにトレーニングの方法が示される。基礎にあるのはリズム呼吸と、緊張と弛緩というトレーニングである。リアルなイメージを伴って目標設定ができるようになり、自分のリズムで日々を過ごせるようになれば、打たれ強い自分になれる。

著者の潜在意識の理論がどれほど信頼できるものなのかはともかく、わたしたちが生きている中で意識の領域はわずかで、大部分は無意識の領域であることは納得できる。問題は、無意識の部分でおかしくなっている心や体をいかに意識的にフラットに戻すかなのだ。その方法として、著者の説く方法は有効であるように思える。

この本は読んでから自分で行動を始めなければ意味がない。しばらく傍らにおいてトレーニングを実行してみるつもりである。

(2月15日読了)

2008.02.12

柳原和子著『百万回の永訣 がん再発日記』(中央公論新社)を読む

2月12日(火)

2003年5月15日~2005年8月18日までの約2年3ヶ月間の日記が5章に分けて書かれている。友人のがん発症の知らせから日記は始まり、やがて自らもがんを再発し余命6ヶ月と宣告される。

それから著者の最善の治療を求めての彷徨が再び始まる。それはまるで著者の魂の彷徨のようでもある。様々な医者が現れる。様々な治療法が提示される。そして決断、治療、一時的ながんの消滅、一喜一憂する日々。現代医学への、医者への信頼と不信に揺れ動く心。代替医療を試してみたりもする。しかしついにはがんを肝臓内に追い詰め、ラジオ波治療で焼き、残ったがんを抗がん剤で消滅させることに成功する。

著者は最後に自分にとって最良の医師を見出した。今後はその医師と共にがんと戦うことを決意する。

がんの治療は現状では著者のように彷徨い続けなければ自分にとって最良の治療を得られない。そしてその治療を受けられる患者はほとんどいない。決定的な治療法の確立していない病気に患者はどう立ち向かうべきなのか。大多数の患者は著者のようにはできない以上、標準的な治療法の向上と病院の治療体制の充実に期待するしかないが、理想の治療のあり方を著者が身をもって示してくれたのはよかったと思う。

今のところ父の膀胱がんは再発していない。しかし再発率は75%と告知されている。がんは今わたしの家族にとっても進行中の課題である。

(2月11日読了)

2008.02.11

J.D.SALINGER著『THE CATCHER IN THE RYE 』(LITTLE BROWN BOOKS)を読む

2月11日(月)

日本では野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』で有名な小説の原典。最近では村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も出ている(いずれも白水社)。1950年代のアメリカ東部のハイソな男子高校生が主人公。高校を退学になって、それが親にばれるまでの数日間を、彼は自宅のあるニューヨーク市の街中を彷徨して過ごす。その体験を、後に入院中の精神病院?から主人公が回想するという形式の小説である。

主人公の繊細な感性と不安定な自我がうかがえる文体と実際の自己破壊的な行動。それは彼の魂の彷徨であると同時に、ニューヨークに代表される当時のアメリカ文化への批評にもなっている。ライ麦畑のキャッチャーになりたいという彼の夢はかなうときが来るのだろうか。野崎訳は読んだことがあるけれど、今回英語で読んでみて改めて2つの翻訳を読んでみたくなった。

(2007年6月8日読了)


2008.02.10

吉野裕子著『カミナリさまはなぜヘソをねらうのか』(サンマーク出版)を読む

2月10日(日)

表題にあるような日本に古来より残る考え方や風習がどういう理由で存在するかを、中国の陰陽五行、各々の行の間の相生と相克、三合の関係や易、十干・十二支などから読み解いてゆく。推理小説の謎解きのようでおもしろいし、その上従来の民俗学の定説への挑戦ともなっている。平易な文章で書かれていながら奥が深い本である。

(2007年6月16日読了)

2008.02.07

倖田來未の発言と謝罪について

2月7日(木)

ニッポン放送のオールナイトニッポンで倖田來未が失言をしたらしい。何でも女の羊水は35歳を過ぎると腐ってくると言ったのだそうだ。その発言がネット内で話題になっているうちはよかったのだが、次第に実際の苦情が多くなって問題が表面化した。新作のアルバムのプロモーションは自粛、CMも取りやめ、本人は当分自宅謹慎ということになった。そして、今日フジテレビの夕方のスーパーニュースで謝罪のインタビューということになったわけだ。

本人の発言はマネージャーが30歳で結婚ということで、子供は早く作った方がいいというからかい気味のジョークの流れの中で出たようだ。本人の軽口はテレビでよく聞くが、そんな感じのちょっと下品な冗談のつもりだったのだろう。それがネットに広がることで、これだけの大きな問題になってしまった。

倖田の大物振りがわかる現象だが、将来を考えると、ここで一度袋叩きにあってた方が本人のためだったのかもしれない。最近の倖田の発言には確かに調子にのってるところがあったからだ。その最中、早速の本人登場の謝罪は、いい対応だったと思う。

ただ、主に芸能コーナーで扱ったことで、いつもの芸能インタビューと同じ印象を受け、謝罪の側面が弱まったのは否定できない。いっそ亀田のように、記者会見を開いて、芸能レポーターに意地の悪い質問をしつこくされた方が、落とし前としてはよかったのかもしれない。25歳の女性にはやや酷な注文か。でも亀田は20歳であれをやったのだから、やれないことはないだろう。

2008.02.04

木田元著『新人生論ノート』(集英社新書)を読む

2月4日(月)

現象学やハイデガーの日本への紹介者である老哲学者が、人生論の様々なテーマについて自伝混じりにつづった本。哲学の本ではないから気楽に読める。

(2007年6月22日読了)

2008.02.03

上原善弘著『被差別の食卓』(新潮新書)を読む

2月3日(日)

大阪の被差別部落出身の著者が、世界の被差別民の料理を取材したルポ。アメリカ南部とブラジルの黒人奴隷、ブルガリアとイラクのロマ、ネパールのサルキの料理を食べ歩きながら、現地の人たちと交流してゆく。差別されている人たちの食事は、誰も食べない物を工夫して調理するところが共通している。おいしそうな料理もあればあまり食べたくない料理もある。でも、それぞれがその民のソウルフードである。

(2007年7月9日読了)

2008.02.02

二つの出来事についての地上波TVの報道

2月2日(土)

地上波TVを見ていると、最近はニュースと言えば中国産の毒入り冷凍餃子事件ばかりが目立つ。確かに日常生活に関わるため一般視聴者の関心も高い事件だが、それにしてもこのニュースばかりが延々と流れている。

一方で、個人的に関心があるのは、12月末のケニアの大統領選後からケニア国内で続いている大規模な暴動である。もう数百人の死者が出て、かつてのルワンダのような民族浄化への拡大を懸念する声さえある。しかし、このニュースは地上波TVのニュース番組で流れることはまったくない。

アフリカの話に一般視聴者が関心を持たないことはわかる。でもそれにしてもニュースのバランスが悪い。もしかしたらまた大規模な虐殺が起こる前兆かもしれないのに、まったく報道がないってことはないだろう。

地上波TVにジャーナリズムがなくなったと言う話は、左翼系の言論人から何年も前から聞いてはいたが、しょせん左翼の被害妄想にすぎないと思っていた。しかし今や本当に、地上波TVは娯楽の手段に過ぎなくなったのかもしれない。それがこの二つの事件、出来事についての報道から感じられることである。

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