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2007.12.30

重松清著『くちぶえ番長』(新潮文庫)を読む

12月30日(日)

作家の僕が小4の時の忘れられない思い出を語るという形式で物語が始まる。マコトという男の子のような名前の女の子が、新学期に転校してきて3学期にまた転校するまでの1年間の話である。

マコトは、転校してきた日に番長になると宣言する。最初は女子のいじめにあいながらも、弱い子をかばい、いじわるな上級生と戦うマコトの姿に、次第にクラスの皆はマコトを認めてゆく。実は、マコトの父親と僕ツヨシの父親は小学校のときの親友で、でもマコトの父親はすでに亡くなっている。そんなこともあって僕とマコトはより深くわかり合うようになる。なぜ「くちぶえ番長」なのか。それは「泣きたいときには口笛を吹けば涙が止まる」という父親の教えを守って、マコトがよくくちぶえを吹くからなのだ。

小4の僕がマコトとの関わりを通して、自分の生き方をちょっぴり力強いものに変えてゆく。おそらく小4のどんな子供でも多少は経験するようなことを僕は経験し成長してゆく。そこにこの物語の普遍性がある。重松清の名前は今まで聞いたことがあったけど、小説を読んだのは初めてだ。大人が読んでもおもしろいけど、これは今小4の子にぜひ読んでもらいたい。妹夫婦の娘が今小3なのだが、小4になったら読んでもらいたいと思えるくらいいい本だった。(12月29日読了)

2007.12.29

齋藤孝著『自然体のつくり方』(角川文庫)を読む

12月29日(土)

西欧流の生活様式が浸透するにつれて、日本人が喪失してしまったのが自然体であり、この本では自然体を取り戻すための様々な実践のヒントを示している。自然体とは腰やハラが据わって上体は柳のごとく柔軟な身体の構えのこと。かつては日常の生活や労働の中で自然に身についていたことを、今は意識して技化しなければいけないと説く。

また、その延長線として、レスポンスする身体という概念が提起されている。自然体を身につけた上で、西欧化された空間においてコミュニケーションを十分取れるためには、このレスポンスする身体を技化する必要があるとして、演劇のワークショップやゲームの中でそれを身につける方法を紹介している。

以前から身体論には興味があったが、その興味の中心にまさに氏の自然体があったのだと今回読んでみてわかった。わたしの固くなってしかしフラフラと定まりのない、反応の鈍い体を何とかしなければ、ますます生きづらくなることはもうわかりきったことなのだ。(12月26日読了)

2007.12.28

福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)を読む

12月28日(金)

現役の生物学者が分子生物学と発生生物学の歴史を辿りながら、生物とは何かという問題に取り組んだ本。とにかく文章がうまくてぐいぐい読ませるし、難解な生物実験の手法の説明も実にわかりやすい。生物学を大学で専攻したけど、こういうことを勉強したのかと改めてわかった次第である。

生物とは自己複製するものというだけでは不十分で、そこに動的平衡という概念を導入したのは目新しかった。生物は機械とは異なる。身体を構成する物質が常に入れ替わりつつ形を保っている動的平衡系である。著者は今狂牛病の研究をしているということだが、新しい成果を期待したいものである。(11月24日読了)

2007.12.24

サンタクロースは存在する

12月24日(月)

今日はクリスマス・イヴ、多くの家庭では、クリスマス・イヴのささやかなパーティを開き、お父さんお母さんは子供のためのプレゼントを用意していることだろう。

クリスマスといえば、よくサンタクロースはいるのかいないのかということが話題になる。この問いは現実に存在するのかという問いであれば否だが、観念としているのかいないのかという問いなら是である。実は、この観念として人々の中に存在するということはとても大切なことだ。なぜなら、人々はその観念に導かれて行動するからである。

サンタクロースという観念に導かれて、お父さんお母さんは子供のためにクリスマスプレゼントを用意する。子供たちはサンタクロースのおかげでプレゼントをもらうわけだから、お父さんお母さんはサンタクロースの代理人というわけだ。子供たちにとっては、サンタクロースは実在していることと変わりがない。

人々の観念の中に存在する限り、サンタクロースは存在し続ける。子供たちは現実にプレゼントをもらうことができる。これは神や仏であっても同じことなのかもしれない。

メリー・クリスマス!

2007.12.23

キャサリン・サンソム著『東京に暮す 1928-1936』(岩波文庫)を読む

12月23日(日)

イギリスの外交官ジョージ・サンソム卿の夫人であるキャサリン・サンソムが東京に滞在した間の日本および日本人の印象を記した本。昭和3年から11年の8年にかけての滞在で、実に細やかに様々なことを観察している。外交官夫人で貴族階級の立場での上から目線が最初鼻につくが、その観察の細やかさと人の長所を見ようとする柔らかい視線の魅力が次第に勝ってくる。また翻訳の日本語も自然で、何の抵抗感もなく読み進むことができた。

この本を読むと、戦前と戦後を断絶したものと捉える見方が偏見であることがわかる。日本も日本人も戦前とほとんど変わっていない。そのゆるやかな連続の上に今の私たちはある。そう考えると、安倍前首相の美しい日本論も、戦前からの連続性を再評価しようという主張で、むしろ断絶性を強調するより自然な物言いであるのかもしれない。(10月20日読了)

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